【THE REAL】無印からニューヒロインへ…有吉佐織がなでしこジャパンで光り輝いた理由

有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
2015年7月19日(日) 17時00分 提供元: CYCLE
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有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月27日)
有吉佐織 参考画像(2015年7月1日)
有吉佐織 参考画像(2015年7月1日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月23日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月23日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月8日)
有吉佐織 参考画像(2015年6月8日)
有吉佐織 参考画像(2014年9月13日)
有吉佐織 参考画像(2014年9月13日)
有吉佐織 参考画像(2012年3月2日)
有吉佐織 参考画像(2012年3月2日)
近賀ゆかり 参考画像(2015年5月24日)
近賀ゆかり 参考画像(2015年5月24日)

実るほど頭を垂れる稲穂かな――。もっとも実をつけている枝が一番低く垂れさがる様から転じて、「偉い人ほど偉ぶらない」を意味することわざを、彼女ほど体現しているアスリートはいないだろう。

カナダで開催されていた女子ワールドカップで、なでしこジャパンの右サイドバックとして活躍。大会MVP候補にもノミネートされるなど、一躍、時の人となった有吉佐織(日テレ・ベレーザ)は、帰国後も続くフィーバーのなかで"可憐"な輝きを放っている。

「あっ、有吉だ」

帰国して間もないころ。道を歩いていると、スーツ姿の男性や年配の女性からこんな声をかけられた。カナダへ出発する前では考えられなかった状況に、有吉ははにかみながらこんな言葉を返す。

「はーい、有吉です!」

■昼間はフットサルコートで仕事、夜に練習

7月14日からは慣れ親しんだ生活サイクルも戻ってきた。横浜駅前にある「クーバー・フットボールパーク横浜ジョイナス」に午前10時前に出勤。フットサルコートの受け付けなどの業務をこなし、午後4時前に退社。一度帰宅して準備を整えてから、原則として夜間に行われるベレーザの練習へ向かう。
ベレーザとの契約形態はアマチュア。報酬が出ないゆえに、仕事との両立を余儀なくされる。大会中にはベレーザ側がプロ契約を検討していると報道されたが、有吉は真っ先にいま現在の職場への感謝の思いを口にする。

「大変というか、クーバーさんには本当にお世話になっていますし、サッカーも仕事も楽しくさせてもらっているので。職場にはいろいろと優遇していただいていますし、サッカー関係の方も多いのでたくさんお話もできるので、すごく気に入っているんです」

日本体育大学からベレーザへ加入したのが2010年。直後にFWからサイドバックにコンバートされ、ほどなくして不動のレギュラーの座を射止めた。対照的になでしこジャパンにおいては、決して順風満帆な道を歩んできたわけではなかった。

デビューは2012年3月。左右のサイドバックでプレーできるユーティリティーさが評価されてコンスタントに招集されていったが、世界一メンバーである左の鮫島彩、右の近賀ゆかり(ともに現INAC神戸レオネッサ)の牙城を破るまでには至らなかった。

ロンドンオリンピックでは、バックアップメンバーのひとりとして現地へ帯同。仲間たちが銀メダルを獲得するまでの軌跡を応援で声をからしながらスタンドから見守り、悔しさを成長への糧に変えた。

【有吉佐織がなでしこジャパンで光り輝いた理由 続く】

ロンドンから帰国した直後の有吉の姿を、ベレーザの森栄次監督は笑顔で振り返る。

「文句ひとつ言わずに、本当に一生懸命やっていましたよ」

コンバートされた直後は「難しいな」と思ったサイドバックも、時間の経過ともに"天職"と思えるようになったと有吉は照れくさそうに笑う。

「自分次第なんですけど攻撃にも関われるし、途中からはだんだん楽しくなってきました。いまではサイドバックが一番自分に向いているのかなと思っています」

■中高で培った力

中学・高校の6年間は鹿児島県の強豪、神村学園でプレー。「とにかく走らされた」と振り返る日々で培われた無尽蔵のスタミナとスプリント力、FW出身者ならではの攻撃力、すべてを吸収する素直な心が完璧なまでのハーモニーを奏でたのが今大会となった。

スイス女子代表とのグループリーグ初戦で近賀から右サイドバックの先発を奪うと、前半18分には積極果敢な攻め上がりから決定機を演出。そして、右サイドを何度もアップダウンする159cm、52kgの背番号19がひときわ光り輝いたのが、オランダ女子代表との決勝トーナメント1回戦だった。
両チームともに無得点で迎えた前半10分。左サイドからキャプテンのMF宮間あや(岡山湯郷Belle)が放ったクロスに、FW大儀見優季(ヴォルフスブルク)が難しい体勢から頭をヒットさせる。シュートがバーを叩いて跳ね返ってきたところへ、右サイドから走り込んできたのが有吉だった。

「日本の最初のシュートだったので、思い切り打っていこうと。そうしたら入ったので、本当によかったです」

言葉通りに迷うことなく振り抜かれた右足から放たれた強烈な一撃は、地をはうような軌道を描きながら左側のネットに突き刺さる。出場38試合目にして初めて決めた代表でのゴール。イングランド女子代表との準決勝でも、果敢な飛び出しから先制点となるPKを誘発。この試合のMVPに選ばれた。

【有吉佐織がなでしこジャパンで光り輝いた理由 続く】

「いままでで一番自分らしくプレーできたと思います。いつも通り楽しめてできたことがよかった」

笑顔でカナダでの戦いの軌跡を振り返る有吉は、自分が輝きを放った理由をこう語る。

「これまでもチャンスをたくさんいただいてきたなかで、なかなか自分というものを上手く出せなかったんですけど…そうした経験を生かして、ちょっとずつですけど積み上げてきたものが今回、結果として自分らしくプレーできたことにつながったのかなと。周囲とたくさんコミュニケーションを取ってきましたし、自分自身もいい準備をしてきたので」

■すぐ近くにいる目標と憧れ

大会を通じて、近賀のサポートを受けてきた。大学の先輩であり、ベレーザに入団したときには不動の右サイドバックとして君臨していた3歳年上の近賀は、有吉にとって永遠の目標であり憧れでもあった。
開幕を前にして、近賀は世代交代の時期が訪れたと実感したのだろう。アメリカ女子代表との決勝戦を終えた後に、「アリ(有吉)だったら任せられると思った」とその胸中を明かしている。

その言葉を伝え聞いた有吉は、涙腺が決壊するのをこらえることができなかった。

「今大会で私がスタメンとして出ることになっても、近賀さんからは温かい言葉やアドバイスをいただきました。近賀さんは私が一番見習いたいサイドバックの選手でした。近賀さんの存在があったからこそ、私は思い切ってプレーすることができたんです。ひとりでは絶対に頑張れなかったと思います」

【有吉佐織がなでしこジャパンで光り輝いた理由 続く】

連覇をかけた決勝戦では、アメリカの波状攻撃の前に打ちのめされた。なでしこジャパンがペースを握る前に潰す――。4年前の借りを倍にして返さんとする気迫が日本を瞬く間に飲みこみ、開始16分間で大量4ゴールを奪われた。

■MVP候補になる

「気持ちでも団結力でも負けるつもりはなかったんですけど、とにかく迫力がすごかった。高さではかなわないので、私たちも速いパスなどの質を上げていけば、アメリカのような形で点を取れると思いました。そういう場面を増やしていけるように、アメリカを逆に見習いたい」

帰国後に成田市内のホテルで行われたメディア対応の場でも、宮間や6大会連続のワールドカップ出場という偉業を成し遂げたMF澤穂希(INAC神戸レオネッサ)と並んで大勢の報道陣から質問を受けた。

「(MVP候補は)あり得ないと思っていました。ノミネートされたことは本当に光栄ですけど、私はまだまだそんなところに立てるような選手ではないので…。ただ、次へしっかりとつなげる責任があるし、そうやって見られることで成長することもできると思うので」
一連の有吉のコメントから伝わってくるのは「頭を垂れる稲穂」、どこまでも謙虚な姿勢だ。世界一を決める舞台で魅せた輝きにも決して浮き足立つことなく、自分自身の現在位置と進むべき道をしっかりと見つめている。シンデレラになった気持ちなのでは、と問われても常に同じ言葉が返ってくる。

「すごくいい経験をさせていただきました」

初々しさを失わず、それでいて明るく振る舞う姿に再び森監督が目を細める。

「上の選手からも下の選手からも好かれていますよ。ようやく花を咲かせたというのに、それでも謙虚でしょう。有吉のような子がこのようにして表に出てくるのは、指導者として嬉しい限りですよね」

【有吉佐織がなでしこジャパンで光り輝いた理由 続く】

ファンやサポーターの関心は、必然的に次なるビッグトーナメントに移る。

■舞台はオリンピックへ

23歳以下という年齢制限のある男子と異なり、A代表が臨むオリンピックへ。来年のリオデジャネイロ大会におけるアジア枠は「2」。それを6カ国で争う激戦必至のアジア最終予選が、来年2月下旬から大阪で行われることが正式に決まった。

近賀から託されたバトンの重さを含めて、さらに大きな責任を背負う戦いが待つなかで、それでも有吉は背伸びすることなく自然体を貫く。
「どちらかというと、いままでもひとつひとつやってきたので。リオデジャネイロというよりは、なでしこではずっと右サイドバックだったので、(ベレーザでの)左サイドバックにちょっと課題があるというか、なじめていない。そこの質を上げていくことが次につながると思うので、まずはベレーザでしっかりと結果と質の高いパフォーマンスを出していきたいと思います」

フットサルコートでの仕事は、原則として火曜日から金曜日までの週4日。受け付けや洗濯などに加えて、人数が足りないときは"助っ人"としてコートに入ってプレーする。

オフは試合翌日のみ。周囲の目には大変と映る仕事との両立にこの上ない充実感を覚えながら、27歳のニューヒロインは彼女にしか味わえない青春を謳歌している。

《藤江直人》

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